関西文学散歩 カルチャーウォーキング 詳細

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2017.06.22 【報告】
第523回関西文学散歩
~馬見丘陵古墳群で「かぐや姫」に出会おう~
2017年6月11日(日)終了 <天気:曇り 参加人数40名>
河合町役場正門
竹取公園を望む

 待合室は言うに及ばす、駅舎もない近鉄田原本線の「池部」駅。この小さな、小さな駅のホームは、ただならぬ気配に包まれていた。この駅開闢以来(?)の人、人、人。人で溢れている。この騒ぎは何だ。その原因は二つある。「こんな鉄道路線が、わたしたちの近くにあったのね」「わたし、この駅で降りたのは初めてだわ」―― 初めて田原本線を利用した人も多くいるらしく、その話題で盛り上がっている。 もう一つは、ウォークのリーダー横井先生が来られてないことだ。いつもは用意周到、参加者が来る前に到着している先生なのに。みんなは、不安が隠せない。集合駅を間違えていたらしく、タクシーを吹っ飛ばしてほどなく到着、これにて一件落着。参加受付は無事完了した。

 天気予報は、2、3日前からコロコロ変った。梅雨期予報は、気象台も苦手らしい。曇天だが、気温もほどよく湿気も少ない。この時期には、まれなウォーク日和だ。参加者は後で40名だと聞いた。駅の改札を出てすぐ“河合町役場”と大きく書かれた重厚な門が、眼に飛び込んできた。この和風の門は、由緒ある大邸宅、大正時代末期に大和鉄道(現・近鉄田原本線)の創業者森本千吉氏が手掛けたもので、いまは河合町役場正門として使われている。その門の奥に庭園があり、屋敷は「豆山荘(まめやまそう)」と呼ばれた。その後変遷を経て昭和23年(1948)に河合町に譲渡され、そこに町の新庁舎を移して今日に至っており、自由に散策できる日本庭園は開放されている。地域の大先輩の遺物をこのように活用するなんて、粋な町だよ、河合町は!!

 10分程歩いて「豆山の郷」と呼ばれる町営の総合福祉会館へ。昼食前に本日の講師、おなじみの田中龍夫先生から馬見丘陵公園の古墳や『竹取物語』についての講話をお聞きする。『竹取物語』は「物語の祖(おや)」であり、わが国の小説の始祖である。作者は不明だが、成立年代は、貞観~延喜(859~923年)ぐらいというのが定説になっている。

「いまは昔、竹取の翁というもの有けり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづの事に使ひけり。名をば、さぬきの造(みやつこ)となむいひける」

 日本人なら誰でも知っている書き出しで始まる原作について……。

 

 ≪全文は上記PDFファイルをご覧ください≫

 

テキスト:川端康成『現代語訳 竹取物語』(新潮文庫)

コース:近鉄田原本線「池部駅」<集合>-河合町役場(豆山荘表門)と役場公園(豆山荘庭園)-総合福祉会館「豆山の郷」(講演)-馬見丘陵公園(100品種3万株の花菖蒲・ナガレヤマ古墳など)-竹取公園-讃岐神社-「竹取公園前」バス停-<路線バス>-近鉄「大和高田」駅方面

<報告:老家文雄>

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