関西文学散歩 カルチャーウォーキング 詳細

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2017.09.29 【参加要領】
第527回関西文学散歩
~美貌の女人と長岡京から平安京遷都への道~
2017年10月8日(日)開催

こちらは終了致しました。

 ――「…種継さまが射られなさったのです」「えっ」薬子は足元に、すうっと血が退いて行くのを覚えた。父はこの度の長岡京遷都の急先鋒と見られている。長岡京を造るための陣頭指揮もしてきた。長岡京遷都には反対派が多く、……旧寧楽京(ならのみやこ)を懐かしがっている者たちの不満が絶えない。(『薬子の京(上)より』)――

 長岡造営長官・藤原種継(たねつぐ)が暗殺され、その事件に連座したとして早良親王が捕えられ、淡路島への護送の途中で憤死しました。

 延暦3年(784)、2年前に即位したばかりの桓武天皇は、その年の5月に新京建設予定地を視察すると翌月には都城建設に取り掛かり、同年11月11日には平城京から長岡京に移りました。種継が暗殺されたのはそれから約10ヶ月後、9月23日の事でした。

 桓武天皇の長岡京遷都の真の意図は? 帝は親王禅師と呼ばれて出家していた実弟に、なぜ立太子(早良親王)を要請したのか? そしてなぜ、急に早良親王を退け、10歳そこそこの安殿親王(平城天皇)を皇太子としたのか? 

 その後、神野親王(嵯峨天皇)が帝位に就いて平安京が開かれると、平城上皇は還都を決行、平安京と平城京の二所政治が始まりました。そんな時代の経緯に関わったのが「薬子の変」。現在は「平城太上天皇の変」(2003年頃に改変)といわれる事件です。

 三枝和子著『薬子の京(上・下)』の「京」は平城京・長岡京・平安京の三都の事で、今回はこの作品を手掛かりに、<事件>の発端を辿ってみようと思います。

 

*どなたでも事前の申込みナシに自由に参加できます。

カルチャーウォーキング

集合日時 平成29年10月8日(日) 午前10時
集合場所 JR京都線「向日町」駅・改札口
参加費 会員=1,000円 /会員同伴の18歳以下は700円(証明書提示)
[資料代、ご志納、会場費、保険料等を含む]
一般(会員外)=1,300円/同伴の18歳以下は1,000円(証明書提示)
[資料代、ご志納、会場費、保険料等を含む]
その他 雨天も実施。 *午前7時に大雨洪水警報発表の際は中止
お弁当、お茶を携行してください。
参加者の不測の事故につきましては、応急の処置以外の責任は負いかねます。
織田作之助賞
織田作之助青春賞
文學回廊
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