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2023.03.24 【報告】
第577回
物語の光と影―運命に翻弄された男の半生が始まる
2023年2月12日(日)終了 <田淵浩一記>
新宮神社参道
新宮神社境内

天気:晴れ 参加人数:30名

「2008年6月8日、午前9時。/「二度ともどってくるなよ」/という声を背に受けて、痩せた男は歩き出した。黒のブルゾンにくたびれたジーンズ、底の擦り減ったスニーカー。靴紐だけが新しい。//円形の芝生の植込みにある大きな蘇鉄の葉が風にざわめいている。男が引きずる大型のキャリーバッグが、アスファルトの地面を擦ってけたたましい音を立てた」――『冬の旅』の主人公、緒方隆雄の出所風景から、物語は始まる。舞台は滋賀刑務所。そうそう素人が行けるところではない。僕も、もちろん、初めてだ。そんな興味から久しぶりに文学散歩の参加を決めた。

 緒方隆雄は強盗致死罪の見張り役をして懲役5年の刑をくらい、この日が満期の出所日だ。滋賀刑務所に暗いイメージはなく、僕には、「円形の芝生の植込みにある大きな蘇鉄」を配した門の入り口が、いま乗ってきたバス道に面して、逆に開放的な明るさを感じさせた。講師の先生の話を聞く。

「小説なんて所詮作り話の他人事。なのにそれが、漠然と誰もが感じている時代の空気を、どんな言葉よりリアルに感じさせます。『冬の旅』のページから目が離せないのは、物語がとても面白いからなのか、それとも、そこに私たちの〝いま〟に滲む漠たる不安や恐れが読めるからなのでしょうか」

『冬の旅』の主人公・緒方隆雄は刑務所を出所後、人生を回想しますが、その人生は妻の失踪を皮切りに悪いほうへ悪いほうへと雪崩れていく。失職、病、路上生活、強盗致死…。まるで、刑務所の前のバス道の方向が、左と右とへ分かれるように、彼は偶々、悪い方への道を選んでしまっただけなのだろうか。物語は緒方の人生を克明に辿り直し現在を行く。転落を経験するのは彼だけではないと。

 刑務所で同房だった「久島の爺さん」が、重要な役割を果たしている、と僕は読んだ。その爺さんは、已むに已まれぬ理由で妻を殺し収監されているのだが、緒方と馴染みになるにつれ、ひそひそと、緒方に仏の教えなるものを語って聞かせていた。緒方は出所後、自らの人生の意味を問い直すかのように大阪の街を彷徨い、網干の子供時代を追想し、やがて和歌山のとある村=切目へと流れつく。切目村は、ここからが熊野信仰の入り口にあたる村なので「切目」。ここまでは娑婆であり、熊野は補陀落であり、久島の爺さんが語った阿弥陀仏のおわす世界なのだ。

 

 ≪続きは上記PDFファイルをご覧ください≫

 

テキスト:辻原登「冬の旅」(集英社文庫)

コース:JR「石山」駅=<京阪バス>=「南谷口」バス停…滋賀刑務所…新宮神社…石山寺山門…石山寺(自由拝観)…京阪「石山寺」駅(解散)

<報告:田淵浩一>

 

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