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2019.03.12 【報告】
第542回
~「茶の花や黄檗山を出でて里余り」夏目漱石と萬福寺~
2019年2月10日(日)終了 <田淵浩一記>

天気:曇 参加人数:72名

 今回のレジュメは、夏目漱石の紹介から始まっていた。改めて漱石という人間・文学者に触れて「凄い(?)人だ」と思う。そしてレジュメの次の項目は『草枕』。あの有名な冒頭「……智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい…」ではじまる名作の紹介だ。そんな漱石作品の舞台が、萬福寺辺りにあるという。私は、興味津々で参加していた。いつもより、大勢の参加者だ。やはり漱石は人気があるのか? 萬福寺がなかなか参拝に行きにくい所だからか? と思いながら、漱石とは関係がないが、宝蔵院へまずは案内された。

 国の重要文化財にも指定されているという一切経の版木は、収蔵庫の2階に収蔵されている。江戸時代の黄檗僧・鉄眼道光が『大蔵経』の刊行を1664年に発願した。当時は、お経は写経するしかなかった。それを版木にして刷ろうというわけだ。現代の印刷の嚆矢だ。そうすれば求めに応じて多くの寺院に配ることが出来る、1618部7334巻を後水尾天皇に上進したのが1678年。鉄眼は全国を行脚して施財を集めた。しかし、飢饉が起こり飢える者に施財の殆どを使ってしまい、また一から、雪道に草鞋の血が滲むような苦労もしながら施財のために行脚した。そうして完成した鉄眼の大蔵経(黄檗版大蔵経)は、いまも求めに応じて摺印が行われている。日曜日なので、刷り師さんは来られていなかったが、収蔵庫の奥に刷り場があり、刷り見本を見せていただいた。

 さて、漱石が『草枕』に「平生から、黄檗の高泉和尚の筆致を愛している。隠元も即非も木庵もそれぞれに面白味はあるが、高泉の字が一番蒼勁(そうけい)でしかも雅馴(がじゅん)である」と書いている、黄檗第五世の高泉和尚の「第一義」の扁額が、萬福寺総門にあった。駅から宝蔵院へ向かう途中の右側に、その総門はあったが、帰りにゆっくり見ましょうという案内で、行きがけは総門の向かい側に建つ「宇治茶発祥」を伝える<駒の足影碑>の方を見学したのだ。碑面には「都賀山の尾上の茶の木分け植えてあとぞ生うべし駒の蹄影」と刻まれていた。ああ、黄檗山から宇治は近いのだね、漱石さん。

 『草枕』が発表されたのは明治39年(1906)。「時代は、西欧文化がどっと流入し、日本の美が脅かされる頃でした」、(登場人物の)「久一や野武士(別れた夫)をとおして、戦死者が激増する現実、戦争がもたらすメリット、そんな戦争を生み出す西欧文化……。それに対し、夏にまで鳴く山村のウグイス、田舎の人々との他愛のない会話など、〝変わらない日本〟をとおして東洋の芸術や文学について論じ、漱石の感じる西欧化の波間を漂う日本人論、芸術論、文化・文明論が展開される」(レジュメより)

 レジュメを読んで、『草枕』を帰宅してから読み返しました。ああ、なるほど、絵画や書などを通して語られているのは、そういう事だったのか。川端康成の『古都』も、同じように戦後にどっと入ってきた欧米文化~浴衣のチューリップの柄などに象徴される~を、米軍に占領されていた京都植物園を周遊する千恵子の父、呉服問屋の佐田と、秀雄の父、西陣織屋の大友が楠木の並木の下で嘆く会話が、『草枕』と時代こそ違え同じです。『古都』は、決して京都の観光名所案内の本ではないのです、と横井講師は締め括られた

 青少年研修道場でのお話の後は、日本煎茶会館や文華殿の前を通って、黄檗山萬福寺のお坊さんに、左右対称の伽藍配置の境内を隈なく案内して貰う。開山・隠元禅師の扁額がかかる三門。天王殿には大きな布袋座像(弥勒菩薩の化身という)があり、その裏側には韋駄天像が安置されていた。禅堂から、萬福寺最大のお堂で一般寺院の本堂に当たる「大雄寶殿」に案内される。堂内の中央に釈迦三尊像の壇があり、そのまわりには、壁際に十八羅漢像が整然と鎮座されている。龍のお腹を表現したという蛇腹天井(黄檗天井)や、正方形の平石を菱形に置いた石條(せきじょう)の説明など、そして最後に、食事と朝課の時に打つという、魚の形をした開梆(かいぱん)と青銅製の雲版(うんぱん)と、他宗派の寺院にはない萬福寺ならでは器物のお話などをお聞きでき、何だか得をした気分であった。

 漱石は、明治40年(1907)と大正4年(1915)の二度、墨染駅近くに住む画家・津田青楓の招きで宇治へやって来たという。今日は、菜の花の時期ではなかったが、「菜の花や黄檗山を出でて里余り」。漱石も、萬福寺を巡拝し、高泉和尚の筆致に触れて満足したことだろう。僕もここを出て、一里ほど先にある茶の里に足を向けてみたい衝動に駆られるが、いやいやこの句の世界で満足しておく方が、貧相な想像力が増幅できて良いのかもしれないと、JR「黄檗駅」への道を辿った。

 

テキスト:夏目漱石『草枕』(新潮文庫)、東山緑『黄檗樹(きはだぎ)』(関西書院)

コース:JR「黄檗」駅(集合)―宝蔵院(一切経版木見学)─万福寺総門(高泉和尚扁額)―青少年文化研修道場―天王殿―大雄寳殿─法堂─斎堂─JR「黄檗」駅(解散)

<報告:田淵浩一>

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