天気:晴れ 参加人数:62名
七月以来のカルチャーウォークである。コロナ感染者数がおちついている今こそ、と三度目の試みとなる芦屋を訪れた。
今回のテーマは、小川洋子『ミーナの行進』・谷崎潤一郎の『細雪』であるが、「作家たちが惹かれ描いた芦屋の一画で…」と副題がついている。古くは『伊勢物語』を書いたとされる在原業平、『細雪』を書いた谷崎潤一郎は芦屋という地に深い思い入れがあるようだ。小川洋子も芦屋に実際、住み暮して、芦屋が古くから多勢の人たちに愛されてきた土地の魅力に気づき作品として残したいと思ったようだ。
カルチャーハイキングは10月10日、JR芦屋駅集合。JRふれあいハイキングの方々も加わり、いつもより多い62名の参加である。
まずは業平の父、阿保親王を祀る阿保親王神社、そして阿保親王ゆかりの親王塚(御陵)でちょっとした説明があって、次は高台に鎮座する芦屋神社。こちらは地域の氏神さまとして信仰を集めているようで、当日はお宮まいりの家族の姿も見うけられた。神社西側には水神社、東には遥拝所があり、遥か遠くにお鎮まりになられる神々への礼拝所とあり、私も伊勢神宮の方角にむかい手を合わせた。ご神木はヤマモモであるが、敷地内にオガタマ(鈴の形の葉)の木があり、一円硬貨のうらにこの木が刻印されていると宮司さんからの説明を受けた。
坂を下って、ミーナがコビトカバの背中に乗って通学したと設定される芦屋山手小学校、ヨドコウ迎賓館前の坂道を下り、細雪文学碑、業平さくら通りから業平の歌碑へ。「世の中にたえてさくらのなかりせは 春のこころはのどけからまし」はあまりに有名な歌である。
芦屋川を渡って『ミーナの行進』の中でモデルになったであろう山芦屋にあるスパニッシュ様式の家が建っていたという屋敷跡(現在は外壁のみ残る)を外から見学。小説の中に描かれていた、体の弱いミーナが通学の折、その背にのったコビトカバのポチ子の小屋はどのあたりにあったのか? と勝手に想像した。
≪全文は上記PDFファイルをご覧ください≫
テキスト:小川洋子『ミーナの行進』(文春文庫)、谷崎潤一郎『細雪』(新潮文庫)、在原業平『伊勢物語・第87段』(角川ソフィア文庫)
コース:JR「芦屋」駅…阿保天神社…阿保親王塚…芦屋神社・猿丸太夫の墓…山手小学校(外観のみ) …水車臼跡…『ミーナの行進』の叔父さんの家のモデル…『細雪』文学碑…業平さくら通り…業平歌碑…ヨドコウ迎賓館(希望者)…JR「芦屋」駅
<報告:田原由美子>