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2018.03.23 【報告】
第532回関西文学散歩
~星降る町で織姫伝説と降星伝説をたどる~
2018年3月11日(日)終了 <天気:晴れ 参加人数:56名>
交野市立教育文化会館
機物神社

 今回のテキスト、山田詠美さんの掌編集の中に『催涙雨』という作品があり、この〝雨〟は、「七夕の日にしか会えない織姫と彦星が、雨が降ったために天の川を渡れず、悲しくて流す涙になぞらえた言葉」だそうだ。また、「次に会えるのは1年後だと、別れを惜しんで流す涙」ともいわれるらしい。今日の散策テーマは、そんな<男と女の出会いを別れ>というよりも、<交野ヶ原の星伝説>のようだが、出発までの間、駅頭で本日のレジュメに目を通していて、「催涙雨」の言葉に出会った瞬間、空を見上げた。幸い、今日は7月7日ではなく、お天気で青空、暖気もあり雨など降らない様子だ。

 国道沿いをしばらく歩くが、左手は生駒山系北部の山々で、その中の大きな岩を頂いた〝神の山〟が「交野山(こうのさん)」と紹介されている。それはどの山だろう? 機物神社の鳥居越しに、周りの樹木の背丈が低かった昔は、この山がすっぽり収まって拝めたそうだが、しばらく道を進み、頂上に白っぽい磐座が置かれたような山を見つけた。この山が「交野市」の地名由来となったのではないかと思うのだが、現地講師の高尾先生と交野市歴史民俗資料展示室で合流し、約1万3000年前から人が住み始めたとされる交野の昔物語を、資料展示の説明とともにお聞きし、機物神社へと向かった。文字どおり、織姫を祀る神社だが、宮司さんのお話によると、先進技術を携えて渡来した「秦一族」の祖霊を祀り、「秦氏」+「織機」で機物神社(はたものじんじゃ)と呼ばれるようになったのではないかとの事だった。それで、織姫伝説なのか…と合点がいったが、今日のもう一つの話題は桓武天皇が交野に設けたという郊祀壇……。

『続日本紀』によると、延暦4年と6年の2度、桓武天皇は、交野が原に天界の最高神である天帝を祀り、2度目は父である光仁天皇を天つ神として共に祀ったとあり、この祭祀はもともとは古代中国の道教思想に基づくのだそうだ。天帝は北極星、天帝が乗る車が北斗七星、そして天帝の娘がこと座のベガで、織姫である。「交野山」や周辺に生じている磐座(いわくら)伝説、郊祀壇の星祭り、秦氏と織姫伝説、天の川の逢合橋で行われる機物神社の「七夕祭り」と、やはりこの町は<星降る町>のようだ。

 

 ≪全文は上記PDFファイルをご覧ください≫

 

テキスト:山田詠美『タイニーストーリーズ』(文春文庫)、『続日本紀<下>-全現代語訳』(講談社学術文庫)

コース:JR津田駅…交野市歴史民俗資料展示室…機物神社(はたものじんじゃ) …須彌寺(しゅみじ)…森の石灯籠…逢合橋(あいあいばし)…京阪「交野市駅」またはJR「河内磐船(かわちいわふね)」駅

<報告:田淵浩一>

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